
| ●2002.9月 山崎暢子という女性からプレイティーに対する問合せがある。自分で紙貼りしてトゥルーでパターン張りを作りたいとのこと。 多治見市で開催された1992年の国際陶磁器フェスティバルにも出品したとかで、ただ者ではなさそうだなと思い出来るだけ要望を聞く事にした。 その年の秋、個展の案内状が届き京都観光もかねて伺う。清水寺から平安神宮へ向う途中の小さなギャラリーで見たものは・・・ 写真中央のオブシェ 一瞬言葉を失った。トゥルーなのか・・・、まさにタイルの可能性を大きく広げてれる作品ではないか! ●2003.12月 次の作品はビフレ19で創りたいという相談があり、タイルの手配をさせていただく。やはり目地板が必要とのこと。 京都文化博物館で開催された選抜展は当店始って以来のアートタイルラッシュで伺うことはできませんでしたが、優秀賞を取ったという報告といっしょに送られてきた写真を見ておもわず感歎の声が出た。タイルが日常的に手元にある我々でも想像でき得なかったパターンをたった1枚の目地板で見事に創りあげてしまった。 勢いよく跳びはねた紅白の鯉が帰ろうとした水面は・・・なんと幻想的で神秘的な世界に驚き、時間が止まってしまった。 タイルの池で生活している自分を見るようだ・・・ これからも彼女の活動には目が離せないし、少しでも力になれるよう協力してゆくつもりである。 しかし、想いおこせば彼女との絆はプレイティーで結ばれたわけで、大金はたいてプレイティーを開発した甲斐があった。 |